【一人ひとりの人生】スーダンの女性たち、それぞれの歩み

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【一人ひとりの人生】スーダンの女性たち、それぞれの歩み

「スーダンの女性」と聞いて、どのような姿を思い浮かべるでしょうか。

女性たちの生き方や価値観は一つではありません。都市部と村落部、年齢や教育、家庭環境によっても考え方はさまざまです。多様な女性たちの姿を知ることは、スーダン社会をより深く理解することにつながります。

「スーダンの女性」は一つではない
仕事に取り組む、ジャケット姿の女性

「スーダンの女性」は一つではない

現地で暮らしていると、「スーダンの女性」は一つの価値観では語れないことを実感します。スーダンで出会った女性たちは、それぞれ異なる価値観を持っていました。

私自身、スーダンで暮らす外国人女性として、さまざまな女性と話をする機会がありました。女性同士だからこそ話せた、家庭や結婚、仕事についての思いもありました。そこには、外から見ただけでは分からない、それぞれの思いや事情がありました。

ただ、公の場に出ることを望まない女性もおり、そうした女性たちの考えや思いを知ることは簡単ではありません。私が出会うことのできた女性たちも、スーダンに暮らす女性のほんの一部です。

それぞれの場所、それぞれの選択
ステージでダンスを披露した女性たち。公演後、衣装姿で並ぶ

それぞれの場所、それぞれの選択

ある女性は、博士課程を修了し、法律関係の職についていました。弱い立場にある人のために仕事をすることに誇りを持ち、自分の専門性を生かすことを、自分らしい生き方の一つとして大切にしていました。

別の女性は、海外留学の経験があり、英語も堪能で、経済的には仕事をしなくても不自由なく暮らせる環境でした。障害のある子どもたちが通う施設で週5日、教員として働いていました。「この仕事は待遇は期待できないけれど、私は社会に貢献したいと思って、この仕事を選んだんだ」と話していました。 

家族の生計のためにシッタ・シャーイを営んでいる女性がいました。彼女は、「ここでシッタ・シャーイを営業してもいいと言ってもらえたから、1時間以上かけて通っている。子どももいるし、交通費もかかるから、本当はもっと家の近くで働きたいけど」と話していました。

働くことへの思いや、仕事に求めるものは、一人ひとり違っていました。

ある女性は、都市部の大学を卒業し、結婚を機に村落部で暮らしていました。村落部では教員として働いていましたが、「できれば都市部で暮らしたい」と話していました。ラマダン(断食月)などの長期休暇には、実家のある都市部で長い時間を過ごしていました。

彼女は、大学を卒業して働くという希望は叶えていました。それでも、暮らす場所については希望通りではありませんでした。彼女の話からも、一人の女性の生き方を一つの言葉で表すことの難しさを感じました。

また、家庭の中で、家族のために食事を作り、家事や子育てを担うといった役割を大切にし、そのことに誇りを持っている女性たちもいました。スーダンでは、家庭のことは自分が担うという意識を持つ女性も多く、家事や子育てを自然な役割として受け止めている姿も見られました。 

社会に出て働くことを望む女性もいれば、家庭で担う役割を大切にする女性もいます。そして、そのどちらにも当てはまらない生き方をする女性もいます。

一つの価値観では語れない
Photo: Junji Naito

一つの価値観では語れない

都市部と村落部での違いがあり、若い世代と年配の世代でも考え方は異なります。同じ家族の中でも、将来の希望や理想の暮らし方は一人ひとり違います。

スーダンの女性たちも、一人ひとり異なる価値観を持ちながら暮らしています。

一人ひとりの人生を見つめる
夕暮れの市場を行き交う人々

一人ひとりの人生を見つめる

スーダンにも、日本にも、多様な価値観があります。
社会に出て働きたいと思う女性もいれば、家庭や地域での活動を大切にしたいと考える女性もいます。

大切なのは、「どちらが正しいか」を決めることではなく、一人ひとりが望む生き方を大切にできる社会であることなのかもしれません。 

だからこそ、「スーダンの女性」という一つのイメージで捉えるのではなく、それぞれの人生に目を向けることが、スーダン社会を知る第一歩になるのかもしれません。