【エジプトより多い200以上のピラミッド】知られざるスーダンの世界遺産
ピラミッドといえばエジプトですが、実はスーダンにもたくさんのピラミッドが存在しています。スーダン北部のナイル川流域とその周辺には、200基を超えるピラミッドが残されています!
ピラミッドはどこにある?
スーダンのピラミッドは2つのエリアに集まっており、それぞれ世界遺産に指定されています。
- メロエ
1つは、ハルツームから北東に約200キロ離れた古代都市メロエ周辺にあるピラミッド群。 世界遺産には「メロエ島の考古遺跡群」として登録されています。
- ナパタ
もう1つは、ハルツームから約400キロ離れたゲベル・バルカル周辺です。古代クシュ王国の都ナパタが置かれていた地域で、世界遺産には「ゲベル・バルカルとナパタ地方の遺跡群」として登録されています。
スーダンには200基を超えるピラミッドがあり、その数はエジプトを上回るともいわれています。なぜこれほどまでにたくさんのピラミッドが存在しているのでしょうか?その背景には、この地に栄えた古代王国の歴史があります。
ピラミッドはなぜ作られた?
王墓としてのピラミッドが数多く建てられたことは、その地域に栄えた王国があったことを意味します。現在のスーダン周辺には、「クシュ王国」と呼ばれる古代王国が存在していました。
- 古代ヌビアとクシュ王国
ヌビア地域と呼ばれる、現在のエジプト南部からスーダン北部にかけてのナイル川流域では、古くからさまざまな文化や王国が栄えました。その一つが、後にピラミッドを築いたクシュ王国です。
クシュ王国では、農業や交易で栄え独自の文明が築かれたとされていますが、一時はエジプト新王国の支配を受けた時期もありました。エジプト支配の衰退後、クシュ王国の勢力は再び力をつけました。
クシュ王国は、首都がナパタに置かれていたナパタ期と、後に首都がメロエへ移ったメロエ期の2つの時期に大きく分けられます。
- ナパタ期の遺跡
ナパタ期のクシュ王国は、紀元前8世紀頃にはエジプト全土を支配し、広大な領土を治めた時期がありました。 ナパタ地方には、最高神アメン神の聖山とされたゲベル・バルカルがあり、周辺地域には神殿や宮殿、そして墓所であるピラミッドが建てられました。
- メロエ期の遺跡
クシュ王国の首都がメロエに移った時期は、別名メロエ王国とも呼ばれ、製鉄が盛んに行われたことでも知られています。 エジプトとの交流も盛んでした。紀元前3世紀頃から多くの墓所が築かれ、現在でも多数のピラミッドが残されています。
スーダンには1000年以上にわたって栄えたクシュ王国があり、その王や王妃の墓として多くのピラミッドが築かれました。現在も200基を超えるピラミッドが残り、クシュ王国の歴史を今に伝えています。
エジプトとの交流の中で育まれたピラミッド文化
ピラミッド型の墳墓は古代エジプトで発展した建築様式です。もともとスーダンの文明における墓所はピラミッドの形をしていたわけではありませんでした。
クシュ王国以前のヌビア地域では、土を盛った墳墓が一般的でした。クシュ王国では、エジプト文化の影響を受けながら、ピラミッド型の王墓が築かれるようになりました。
今に受け継がれる古代クシュ王国の遺産
スーダンに残るピラミッド群は、かつてこの地に栄えたクシュ王国の歴史を今に伝える貴重な遺産です。
周辺地域との交流の中で独自の文化を育んだクシュ王国の足跡は、現在も各地の遺跡に見ることができます。
一方で、2023年以降の紛争の影響により、文化遺産の保護や調査をめぐる環境は厳しい状況にあります。
スーダンには、ピラミッドや世界遺産だけでなく、長い歴史の中で育まれてきた多様な文化があります。本記事をきっかけに、スーダンやその歴史に関心を持っていただけたら幸いです。