【十字架のタトゥーは信仰の証】スーダンのコプト教徒の伝統
日本でもオシャレの一環として、少しずつ馴染みが出てきている?タトゥー。日本の場合は、もともと刺青としての歴史が長いのは皆さんもご存知の通りです。
しかしスーダンのコプト教徒にとって、タトゥーは信仰の証として歴史が長いようです。日本とは異なるタトゥーに関する背景を見ていきたいと思います。
コプト教徒とタトゥーの伝統
スーダンでは人口の多くがイスラム教を信仰しており、文化や生活にもイスラムの価値観が深く根付いています。一方で、キリスト教や伝統宗教を信仰する人々も存在し、コプト教徒はそうした中のコミュニティの一つです。
コプト教徒が右手首に十字架の入れ墨を入れる習慣は、
- 巡礼の記念
- キリスト教徒であることを示す印
- 迫害下での信仰告白
- オスマン帝国時代やイスラム支配下での身分識別
複数の説があります。
アイデンティティとしてのタトゥー
1980年代以降、スーダンではイスラム法(シャリーア)が導入され、その後の政権下でイスラム化政策が強化されます。
スーダンでは古くからコプト教徒のコミュニティが存在していましたが、こうした中で、キリスト教徒を含む非イスラム教徒はさまざまな制度的制約や社会的な困難に直面することがありました。その状況は、歴史上イスラム国家で非イスラム教徒に課された「ジズヤ(人頭税)」になぞらえて語られることもあります。
また、迫害や差別が強かった時代には、将来どのような状況になっても自らの信仰やルーツを忘れないようにとの願いを込めて、幼い頃に十字架のタトゥーを入れる家庭もあったと言われています。
右手は、握手や祈りなどで目につきやすく、「私はキリスト教徒である」という視覚的アイデンティティになります。コプト教の信徒にとって、タトゥーは単なる装飾ではなく、自らの信仰を証明する重要な手段だったのです。
存在感のあるコミュニティ
伝承によれば、コプト教は1世紀頃にエジプトで成立したとされる、長い歴史を持つキリスト教の一派です。現在のスーダンに見られるコプト教徒コミュニティの多くは、19世紀以降にエジプトから移住した人々をルーツとしています。首都ハルツームをはじめとする都市部を中心にコミュニティを形成し、商業や行政、専門職分野で活躍してきました。
現代のスーダンにおいて、この右手首の内側に施すタトゥーは公的な強制ではなく、コプト教徒としてのアイデンティティを公に示す自発的な伝統となっています。また 聖地エルサレムなどへの巡礼を終えた記念としてタトゥーを入れる習慣もあります。