【“ごみ”はいつから“ごみ”になる?】スーダンの暮らしに見る、物を活かす知恵

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【“ごみ”はいつから“ごみ”になる?】スーダンの暮らしに見る、物を活かす知恵

スーダンの家庭を訪ねると、ときどき「あ、こうやって使うんだ」と思うことがあります。

台所をのぞいてみると、日本なら捨ててしまいそうなヨーグルトの空き容器が並んでいます。中を見てみると、入っているのはヨーグルトではなく乾物 や香辛料。また、数リットル入る食用油の空きボトルには水が入れられ、ジャムの瓶は調味料入れとして第二の人生を送っています。

暮らしの中の再利用
市場で香辛料販売にお菓子の缶を再利用

暮らしの中の再利用

日本は世界的に見ても「ゴミの分別が細かい」ことで知られています。自治体ごとに異なる回収ルールやリサイクル制度、高度な焼却技術など、日本の廃棄物処理システムは比較的発達しています。

しかしその一方で、日本社会は大量消費型の生活様式の中で発展してきました。豊富な品揃えや利便性を支える仕組みの裏側では、食品ロスや使い捨て製品、まだ使える物の廃棄などが課題として指摘されています。日本では、多様なごみに対応するため、高度な分別や処理の仕組みが整備されてきました。

一方、スーダンでは、あるものを有効利用したり補修しながら物を長く使っている場面をよく見かけます。

  • ビニール袋を洗って再利用する
  • サンダルが壊れても縫い直して使う
  • 車の部品を別の中古部品から流用する
  • ペットボトルは保存容器として活用

など、日本では“ごみ”とみなされる物が、有効活用されることも少なくありません。

特に面白いのは、空き容器の活用方法です。例えば、

  • 食用油のボトルに水を入れてストックする
  • ヨーグルトの容器に乾燥オクラなどの乾物を保存する
  • ジャム瓶を香辛料入れとして活用する
  • ペンキの容器がバケツ代わりになる

など、とても多様です。ジャム瓶を色々な形で活用する方は日本でも多いかと思いますが、スーダンでは、ガラス瓶だけでなく、身近なプラスチック容器もさまざまな用途で再利用されています。

“ごみになる”とはどういうことか
ペンキの空き容器を体を洗う際に再利用

“ごみになる”とはどういうことか

日本では、流行遅れ、型落ち、傷やよごれ、使用感などを理由に、物を捨ててしまうことも多くなりました。

一方スーダンでは、「身近にあるものを活用する」という価値観がより一般的であり、修理や再利用を通して物を大切に使っています。実際、靴修理、携帯電話修理、扇風機修理、ミキサー修理など、小さな修理屋さんを街中でよく見かけます。

とはいえ、スーダンでごみが出ないわけではありません。ただしその分別は、日本のような制度的・環境政策的分別とは性格が異なります。

例えば金属、段ボール、ペットボトル、スクラップなどは、換金可能な資源として回収・再利用されることがあります。日本のような制度に基づく分別とは異なり、経済的な価値が資源の循環を支えている側面もあります。価値のあるものは、捨てられる前に別の用途に回されることも少なくありません。 

「もったいない」を思い出す
市場でのアクセサリー修理

「もったいない」を思い出す

スーダンの限られた資源を有効活用する視点は、現代の物にあふれた暮らしの中では忘れがちな、日本でも大切にされてきた「もったいない」という感覚を思い出させてくれます。

もちろん、こうした背景には、新しい物をいつでも手に入れられるとは限らないという事情もあります。経済状況や流通の制約、地域によってはごみ回収システムが十分に整っていないことなどから、物を大切に使い、再利用する工夫が暮らしの中に根付いてきました。

一方で近年は、都市化やプラスチック製品の普及に伴い、従来の方法だけでは対応しきれないごみの問題も増えており、廃棄物処理が課題となっている地域もあります。

“ごみ”について考えてみる

日本では、ごみを分別し「正しく捨てる」仕組みが整備されてきました。一方、スーダンの人々の暮らしを見ていると、必要になった時に身近にあるものを工夫して使い、物を長く活かす知恵が自然に根付いていることに気づきます。

もちろん、それは経済的な事情やインフラの課題とも無関係ではありません。しかしその中には、日本でも大切にされてきた「もったいない」の感覚と重なる部分もあるように思います。

“ごみ”とは、本当に役目を終えた物なのでしょうか。それとも、使い方や見方が変われば、まだ別の価値を持つこともあるのでしょうか。

スーダンの暮らしは、そんな問いを私たちに投げかけてくれます。