【ガソリンスタンドに3日並んでも買えない】それでも助け合うスーダン
日本では、ガソリンスタンドに立ち寄ればほぼ確実に給油できます。混んでいても、10分も待てば終わりますよね。しかしスーダンでは、ガソリンを手に入れるために2日、3日と並ぶことが「日常」になっているのです。
朝から並んでも、買えないことがある……
朝5時。まだ夜が明けきらないうちから、ハルツームのガソリンスタンドの前には長い車の列ができている。
「昨日も並んだ。一昨日も並んだ。今日こそ買えるかもしれない」
そう思いながら、人々はエンジンを切ったまま炎天下の中で順番を待つ。数百台の車が連なることも珍しくない。そして、やっと自分の番が来たとき——「本日分はなくなりました」の一言で、また明日来るしかなくなる。
これは特別な災害が起きた時の話ではありません。2019年以降、長く続いている「慢性的な燃料危機」の現実です。
なぜこんなことに?——2019年、パンとガソリンが政変を生んだ
スーダンの燃料危機を語るには、2018年末まで遡る必要があります。
2018年12月19日、首都ハルツームから北に位置するアトバラという街で、パンの価格の急騰への抗議デモが勃発しました。背景には深刻な経済危機やインフレがあり、政府は財政再建の一環として、小麦や燃料への補助金削減を進めていました。
「自由、平和、正義」を掲げたこの民衆蜂起は、2018年12月中旬から8ヶ月以上続く大規模な市民運動へと発展し、最終的にはオマル・アル=バシール大統領の30年にわたる独裁政権を終わらせることになりました。民衆が非暴力を徹底して勝ち取った大きな変化でした。
しかし、政権が変わっても、燃料不足は終わりませんでした。「燃料不足は国家的な危機となり、いくつかの都市での移動を麻痺させた」という報告が、政変後も繰り返し上がり続きました。そしてその後、さらなる打撃が訪れます。
紛争と経済が追い打ちをかける
2023年4月、スーダンは新たな困難に直面します。スーダン国軍(SAF)と準軍事組織・即応支援部隊(RSF)の間で軍事衝突が勃発し、国は混乱の渦に飲み込まれたのです。
この紛争は、スーダンの燃料供給にも深刻な影響を与えました。ハルツームにあるアル=ジャイリ精油所は、かつて1日最大10万バレルを処理し、スーダンの国内燃料供給の中核を担っていましたが、2023年7月以降、稼働が停止しています。
2026年5月現在も施設の復旧作業が進められているものの、本格的な再稼働には至っていません。 スーダンの財務省によると、石油収入は紛争前の水準から50%以上も落ち込み、政府は重要な財源を失いました。燃料を輸入するための外貨も不足しているのです。
精製能力の低下とインフラへの攻撃が続く中、スーダン市民は生活に欠かせないエネルギー製品を入手することすら困難な状況に置かれています。これは単なる「貧しさ」の問題ではありません。紛争・インフラ破壊・外貨不足・輸入依存——そうした構造的な問題が折り重なって生み出された危機なのです。
それでも人は生きる——待つことが日常に
あるバスの運転手は「夜からガソリンスタンドに並び、何時間も何時間も待つ。昼間は仕事をしなければならないのに、昼間は眠っている。収入が大きく減ってしまった」と語りました。
ジャジーラ州のある農家は「一週間、市場にトマトを運ぶ手段がなかった。収穫したトマトが全部駄目になってしまった」と嘆きました。
ブラックマーケット(闇市)では、1ガロンのガソリンが公定価格の5倍以上で取引されることもあります。それでも買わなければ、生活が止まってしまいます。
仕事ができない。農産物を届けられない。子どもを病院に連れて行けない。
燃料不足は、生活のあらゆる場面に影響を及ぼしています。
みんなで乗り越える!スーダンの助け合い文化
しかし、です。
長い列が「ただの苦しい待ち時間」になっていないのが、スーダンの人々のすごいところです。
●助け合い①——列の中で生まれる”ゆるい共同体”
並んでいる間、見知らぬ人と話し始め、水や食べ物を分け合う。「ちょっとトイレに行ってくるから、順番を守ってくれないか」と隣の人に頼む。「今日は給油できなかったけど、あなたは少し多めに入れておいて。次は私が譲る番だから」という、暗黙の約束が生まれる。
列に並び続けることはもちろん大きなストレスになりますが、人と人がつながる場になってもいるのです。
また、長時間並ぶことが難しい高齢者や体調の悪い人のために、代わりに列に並んであげる文化もあります。「誰かのために並ぶ」——それは、見返りを期待しない、ごく自然な行動として行われています。
●助け合い②——燃料を分け合い、車に乗せ合う
ガソリンを多く確保できた人は、必要な人に分け合います。特に、医療が必要な人や、高齢で動けない人が優先されることもあります。
日本では「自分のものは自分のもの」という感覚が強いかもしれませんが、スーダンでは「みんなが困っているなら、持っている人が支える」という考え方が根付いています。
また、燃料不足の中では相乗りも重要な移動手段の一つです。タクシーが燃料不足で動けない時には、自家用車に立ち往生している人を乗せて目的地へ向かう。料金を取ることもあれば、無償のこともある。「どうせ同じ方向に行くから」という、さりげない助け合いが街の中に溢れています。
●助け合い③——「ナフィール」という文化の力
この助け合いの精神は、スーダンに古くから根付く「ナフィール(نفير / Nafeer)」という概念とも深く結びついています。
「ナフィール」とは、「集団的な行動への呼びかけ」と訳されるスーダンで広く知られる言葉です。過去の幾多の危機においても人々を動かしてきました。
政治的な激動が続くはるか以前から、スーダンの人々はナフィール——地域主導・自発的な支え合い——が根付いていました。ガソリンスタンドの列の中で生まれる連帯も、病人を先に通す文化も、燃料を分け合う行動も、「ナフィール」の精神とも重なるものです。
ナフィールは、コミュニティが資源を持ち寄り、隣人を支えるという社会的な呼びかけであり、助け合いの価値観です。「みんな困っている。だから、できる人がやる。今日はあなたが受け取る番、明日は私が受け取る番」——その感覚が、スーダン社会を根の部分で支えているのです。
日本との違い——効率よりも関係性
日本では、並ばなくても済む仕組みがたくさんあります。
キャッシュレス決済、コンビニ、24時間対応のサービス……「不便をなくすこと」が社会の目標になっています。スーダンは、その対極にあるかもしれません。
ガソリンを買うのに3日かかる。それは確かに「不便」です。でも、3日間の列の中で、どれだけの会話が生まれるでしょうか。どれだけの信頼関係が育まれるでしょうか。どれだけの「あの人がいてよかった」という瞬間が積み重なるでしょうか。
「効率的な社会」が豊かで、「非効率な社会」が貧しいのかどうか——スーダンの人々の姿を見ると、その問いに簡単には答えられなくなります。スーダンは、景色も歴史も素晴らしいのですが、何より印象に残るスーダンの魅力は、人にあります。
燃料不足は、日本にとっても対岸の火事ではなくなっています。もし私たちが同じ状況に置かれたとき、周囲の人と支え合えるだろうか。困っている誰かに、自分の持っているものを分け合えるだろうか。
スーダンで出会った人々は、そんな問いを私たちに静かに投げかけてきます。
