【直径1.5mの大皿文化】スーダンの「みんなで囲む食卓」が温かすぎる

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【直径1.5mの大皿文化】スーダンの「みんなで囲む食卓」が温かすぎる

忙しい日々のなかで、一人でごはんを食べることが、すっかり珍しくなくなった日本。
一方、アフリカのスーダンには、食卓のあり方がまるで違う世界があります。
そこには「一緒に食べること」を何より大切にする文化が息づいています。

直径1.5m!想像を超える「大皿」
1.5メートルもの大皿!

直径1.5m!想像を超える「大皿」

「大皿を囲んで食べる」と聞いても、最初はピンと来ませんよね。
でも実際の大きさを知ると、思わず目を見開いてしまいます。

直径1.5メートル。

大人が両手を広げたくらいの大きさです。スーダンの食卓では、この金属製の大皿、シーニーヤが中央に置かれ、家族や来客がぐるりと囲んで食事をします。小皿に盛られたおかずがいくつか並び、パンはそのまま大皿に置かれます。そして、皆が同じ皿に手を伸ばしながら食べるのが基本のスタイルです。

「スプーンやフォークはないの?」と思うかもしれませんが、実は多くの家庭には用意されています。それでもほとんどのスーダンの人々が手で食べるのは、単なる習慣以上の意味があるからです。同じ皿に手を伸ばし合う、その距離感こそが、スーダンの食卓の温かさを生み出しています。

食事とお茶は、対話の場
ラマダン中のイフタール(日没後の食事)に集まる人々

食事とお茶は、対話の場

スーダンでは、食事やお茶を共にすることと、語り合うことは切り離せません。

同じ皿を共有しているからこそ、相手の表情がよく見え、距離の近さを感じられるのです。個々に配膳された料理をそれぞれが食べるスタイルとは、食卓の空気が大きく異なっています。

ラマダン(断食月)やイード(断食明けの祝祭)の時期になると、その光景はさらに広がります。家族や親戚が集まるだけでなく、近所の人、通りすがりの見知らぬ人にまで「一緒にどうぞ」と食事が振る舞われます。食べ物を分け合うことは、スーダンでは宗教的な善行の実践でもあり、「あなたを歓迎します」という気持ちの表れにもなっています。食卓が、人と人をつなぐ場になっているんです。

スーダンはイスラム教徒が多数を占め、「おもてなし」は社会的に重要な価値観のひとつです。客人に食事を振る舞うことには、宗教的な価値観が背景にある場合もあり、単なる礼儀を超えた意味を持つこともあります。

スーダンの食卓に並ぶもの
中央にあるプリンののように見えるものが「アシーダ」

スーダンの食卓に並ぶもの

せっかくなので、その大皿を彩る料理たちも紹介しましょう。

主食の中心となるのは、乾燥した土地でも育つ穀物「ソルガム(イネ科の穀物)」から作るものです。

「アシーダ」は、ソルガムの粉をお湯で練り上げたもちもちした食感の主食。「キスラ」は、薄く焼き上げたクレープのようなもので、スーダンで広く食べられている主食の一つです 。また、ホットケーキのような厚みのある 「グッラーサ」や、小麦やソルガムのパン「アエーシ」は、平たいものからロール状のものまで形はさまざまで、スーダン各地で広く食べられています。

【直径1.5mの大皿文化】スーダンの「みんなで囲む食卓」が温かすぎる
キスラを焼いている様子

これらの主食に合わせるのが、そら豆を煮込んだ「フール」や、そら豆やひよこ豆をペーストにして揚げた「ターメイヤ」。朝から夜まで幅広く登場する、家庭料理の定番です。

そして、特別な日や来客時には、「シェーヤ」という羊肉などの焼き料理が並びます。この一皿が出てきたら、「あなたのために準備しました」という、言葉以上の歓迎のしるしです。

近年は都市部を中心にパン食(「アエーシ」)が広まっています。アシーダ、キスラ、グッラーサなどの伝統的な主食づくりは手間がかかるため、手軽に買えるアエーシへ移行していく家庭も増えているそう。食の近代化は、スーダンでも静かに進んでいます。

日本の食卓でも大切にしたいこと

日本の食卓でも大切にしたいこと

もちろん日本にも、鍋を皆で囲んだり、大皿料理を分け合ったりする文化はあります。しかし、ライフスタイルの変化とともに、食卓に集まる人数は減り、「各自好きな時間に食べる」スタイルが増えてきているようにも思います。

一人で食べることは、たしかに気楽です。しかしスーダンの食卓を思い浮かべると、食事は本来、「誰かと時間を共有する場」でもあったのだと気づかされます。

手を伸ばし合い、同じ皿を囲み、互いの存在を感じながら食べる。
この直径1.5mの大皿には、人と人をつなぐ力を感じるのです。