援助の根本を考える
普段とは違う時の流れのラマダンのときに、じっくりと援助の本質を考えていきたいと思います。
先日、新装の長崎市民病院(長崎みなとメディカルセンター)の開院にあたって、
ペシャワール会の中村哲先生と私とが講演を行う機会がありました。
中村先生は、知らない人もいないくらいの御活躍をされています。
以前に九州大学の開学記念会で一緒に講演して以来の二度目の顔合わせとなりました。
中村先生の講演のテーマは『百の診療所より一本の用水路』でした。
我々ロシナンテスは、まだ「診療所」の段階で、いまだ「用水路」のようなものに着手ができてはおりません。
スーダンでは多くの難民キャンプを見て回りました。
難民が恒常化してくると、難民であるということに慣れてしまいます。
我々ロシナンテスが理念とする「共に歩む」という考えからすると、
難民の方たちにも自分たちの足で歩んでほしいのです。
全く違う観点から話をします。
今、食糧を必要とする方たちがいます。もちろん、緊急的な支援で食糧を援助します。
これを未来永劫的に継続できるか、という問いにぶつかります。
「継続できる」と答える人たちは、自分の意見にこの人たちを従わせようという意図があるのでは、と思います。
ある日突然、援助を打ち切られそうになれば「言うことを聞くから、食糧を援助してください」という関係になると思います。
ゆえに、援助は限りなく支配に近いものかなと考えます。
スーダンは大変な政治状況が続いております。
でも、自分たちの足で歩むことを考えなければなりません。
我々ロシナンテスは、どんなに小さなことからでも始め、スーダンの人々と共に歩んで行けたらと思います。
ペシャワールの会は、用水路で農業を発展させることで、共に歩むことをされています。
我々ロシナンテスにとっては何だろうかと考え続けていました。
その結果、医療そのもので共に歩んで行ければと思うに至りました。
スーダンには富裕層もいます。
日本に比べてはるかにレベルの高い富裕層です。
彼らは、病気になるとスーダンを後にします。そして異国の地で、高い診療費を出し、手術や治療を受けます。
高額の診療費を出せる人はまだ良いのです。、
お金を出せば、異国の地で何とかなるとスーダンの人たちが思うようになると
裕福ではない人でも、家族や親戚からお金をかき集めてでも、助けたいと思い、無理をして異国の地へと行きます。
そして、残念ながら、金の切れ目が命の切れ目であり、治療の途中でお金がなくなると、
そのまま帰国し、なんのフォローアップの治療を行うこともなく、スーダンで命を落としてしまうケースが相当数あります。
そうです、スーダンに異国の地で受けるような高度な治療を提供できる病院を建てるのです。
そして、提供した医療行為の対価として診療報酬を受けとり、その分で病院の運営を行い、
さらにお金のない人たちへの診療も可能なようにしていくのです。
そんな病院が建てられたら、と夢見ます。
お金をスーダン国内で上手に回すという構想です。
「百の診療所とひとつの病院」
ひとつの病院でお金をつくり、それを用い百の診療所の運営を行う。
極端な話ですが、そんなことも可能ではないかと考えます。
これが、我々ロシナンテスが構想する「共に歩む」姿勢です。
いまのところ、日本政府に申請していた事業が採択されました。
これは、上記の為の調査事業です。
今まで誰も通ってきてない大地を歩み始めようとしております。
我々は、決して支配しようなんては考えておりません。
共に歩んでいきたいだけなのです。
こうすることがスーダンの為、そして日本の為になると信じております。
川原尚行