車中の話題はアポトーシスと眉毛。
スーダンの人にとって、携帯電話はステイタスである。
昔、似たような話をどこかで書いたが、まあいいや。
もう一回書いてしまえ。書いてしまえホトトギス。
その前に基本事項の説明を。
スーダンの男性はジャッラービーヤという伝統的な服を着ることが多い。
これをイスラームの服装だと思っている人がいるかもしれないが
ムスリム(男性のイスラーム教徒の正しい呼び名)もキリスト教徒も関係ない。
宗教よりも気候に由来する服装である。
仕事の時はスーツ姿でも、家に帰ればジャッラービーヤに着替えてくつろぐ。
この格好、オバQのような服を想像しておけば、そう間違いではない。
10代、20代の若者はズボンにTシャツという組み合わせを好むが、
30を過ぎたあたりから人々はジャッラービーヤを好むようになる。
孔子は三十而立(三十にして立つ)と言ったが、
ここでは30にしてジャッラービーヤの良さを知るのだろう。
お腹が出てきて、体のラインがゆるやかな貫禄を獲得するにつれ、似合うようになるのだ。
女性は主にトーブという4メートルの1枚布を身にまとう。
(痩せている女性は3メートル半、たくましい女性は4メートル半)
インドのサリーを想像してほしい。
カラフルな布のその下は気合のはいっていないTシャツである。
朝起きて、そのまま布を巻くだけで外に出られるので
「とっても便利なの」と友達は言っていた。
これもムスリマ(女性のイスラーム教徒)もキリスト教徒も関係ない。
ただ、肌を隠さなくてもよいキリスト教徒は洋服を着ることが多い。
さて、ここから本題「携帯電話はステイタスである」という話。
スーダンでは皆が似たような服装をしているので、
外見だけでは相手の懐具合がわからない。
ここで架空の話。
席についたビジネスマン、アブドゥッラー氏とアフマド氏。
二人とも真っ白なジャッラービーヤを着ている。
「アッサラームアライクム(こんにちは)、アフマドさん」
「ワライクムッサラーム(こんにちは)、アブドゥッラーさん」
メガネの奥を光らせアブドゥッラーは言う、
「実はね、今日はね、新しいビジネスのお話をもってきましてね」
「ほお、どんな話ですか?」と身をのりだしたアフマドは
うっかりグラスを倒してしまう。
テーブルに広がる砂糖いっぱいの紅茶を見てアブドゥッラーは思う。
それよりももっと甘い話をしてやろうじゃないか。うしししし。
…ビジネストーク(中略)…
「ほんと、こんなにおいしい話は他の人にはもっていかないよ。
アフマドさんだから教えるんだからね」そう言って目じりを下げるアブドゥッラー。
「確かに、確かに、それはよだれの出るような話ですね」
にんまりと笑いながら返事をしたアフマドだが、
そのとき彼の眼はテーブルに置かれたアブドゥッラーの携帯電話をとらえていた。
古い携帯電話だ。
4年前に発売されたモデルである。
その白黒の携帯電話は今ではまるでシーラカンス。
アフマドは思う。
アブドゥッラーの奴、本当は商売がうまくいっていないようだぞ。
この話は断ったほうがよさそうだな。と。
そしてアフマドは言う「でも、今回は遠慮しておきます」
話をまとめられず、とぼとぼと歩く帰り道。
あそこまでいって、なんで断られたんだろう?
確かにアフマドは乗り気だったはずだ。
途方に暮れるアブドゥッラーは夕日の映ったナイル川に石ころを投げていた。
<終わり>
その秘密は携帯電話。
古い型の携帯電話を使っているビジネスマンは商談の席でなめられるのである。
服装では差が着かないのでビジネスマンは最新の携帯電話を買い
羽振りのよさをさりげなくアピールするのだそうだ。
荒井繁