伝統的産婆はいま?その知恵を活かす母子保健活動へ
以前(90年代)、カンボジアでフィールド調査をしていたときに、イェイ・モーと呼ばれる伝統的な産婆について歩いたことがありました。カンボジアの村では、たくさんの子を産み、そして元気に育て上げた女性がイェイ・モーとなるのが慣わしでした。
お産の介助後、彼女は臍帯を紐で結さつし、沸かした湯につけていた剃刀で切離します。断端はクモの巣で覆って、布でグルグル巻きにします。大泉門から悪霊が入らないように、練った小麦粉で頭頂部に蓋をすることも大切です。
臍帯断端をクモの巣で覆うことは、私たちの感覚からは不衛生に思えますが、これには感染予防の効果があると信じられています。まあ、そもそもタンパク質であるクモの糸は、その抗菌性によって何年も天井裏でフラフラしていられるわけで……。クモの巣を化膿止めに使用する伝統医療は世界でも少なくありません。
イェイ・モーは、子供に名前がつくまでが自分の仕事だと言ってました。日本と異なり、カンボジアの農村では産まれてすぐに名前が与えられません。もっぱら1年。長いときには2~3年ものあいだ、名前のないまま「可愛い子ちゃん」とか「坊や」とだけ呼ばれ続けます。
おそらくそれは、乳幼児の死亡が多いという現実によるものでした。名前がつくと、なおさら情が移ります。記憶に残ります。その子が無事に育つという確信が得られるまで、名前を付けずに育てるのかもしれません。ちなみに、名前が与えられる前に死んだ子どもには、葬儀も行われません。人間ではなく、精霊としての扱いでした。
カンボジアの村では、出産は二段階にわたるわけですね。1回目の生物学的出産。そして、2回目は「命名」という社会的出産です。イェイ・モーはこの社会的出産まで母児を支援します。だから、イェイ・モーの家には、いつも赤ん坊を連れた母親が集っていました。イェイ・モーは、村の小児科医でもあるのです。
さて……いま滞在しているザンビアの話です。
2017年にザンビア政府が実施した調査では、5歳未満の幼児のうち出生届が提出されていたのは、14%に過ぎなかったそうです。また、都市部の子どもの25%が登録されているのに対し、農村部はわずか8%に過ぎませんでした。
すべての出生を登録する必要がある・・・ というのは、SDGsのターゲットにもなってます。なぜなら、登録されていない子ども、公式の名前が与えられていない子どもは、社会から締め出される危険性があるからです。この目標から、ザンビアは程遠いことが分かります。
ザンビア政府は、プライドをかけて出生登録を進めようとしています。そのためには、管理された出産が不可欠です。また、妊産婦や新生児の死亡を減らすためにも、医療施設での分娩を促進する必要があるとして、伝統的な助産を違法としました。
ときに途上国は・・・ 事を急ぎすぎることがあります。いや、急かされているとも言えます。SDGsがそうであるように、近年はデータで進捗を判断する傾向が強まっており、国際社会にプロセス指標を示す必要に迫られているのです。
「乳幼児死亡率」や「妊産婦死亡率」といったアウトカム指標は、すぐには改善していきません。このため、「医療施設における出産率」といったプロセス指標を高めることで、取り組み状況を報告しなければならないのでしょう。
ただ、いまのザンビアでは、いくら医療施設を作ったとしても医療従事者がいません。政府が産婆を禁じても、教育を受けた助産師が湧いて出てくるわけではありません。まあ、どこの国でも、政府のむちゃぶりに対して、現場は上手に適応していくものですが……。
医療NGO・ロシナンテスが活動している地域で、産婆たちが何をしているのか調べてみました。その多くが、新たに整備された母子保健推進員(SMAG)として、母子の健康を見守る活動へと「近代的な」研修を経て、ボランティア従事しているようでした。
データでは見えてこない知恵こそが、本当の意味で・・・ その村の生き抜く力になっているはず。社会の急速な変化のなかで、どう適応しているのか? そこを拾いながらプロジェクトを修正していくことが、NGOらしさだと私は思っています。
ロシナンテス 理事
高山義浩