河童との相撲
私は懐かしの店、浦和の「力」にいました。
この店との出会いは、詳細に書くと私の馬鹿さ加減が皆様に知れ渡ってしまいますので、控えさせていただきます。
ここは、路上に丸椅子とビールの空きケースでできたテーブルとで、飲めるようにしてあります。洒落て言えば、パリのカフェのようです。福岡でいえば、繁盛している屋台のようです。
社長は、ここしばらく酒を控えていたそうですが、久しぶりに私と再会したとあって、奥様から酒の許可が出たとのことで、嬉しそうに盃を傾けていきます。
中には、顔見知りのお客さんもいて声をかけてくれます。
いつも来ている「ばっちゃん」は、体調を崩して入院中だそうで、心配でしたが、店の人たちは、「そのうち、また飲みに来るよ」とのこと、また「ばっちゃん」とも一緒に飲みたいです。
しばらく飲んでいると、路上を知った顔が、通り過ぎていきます。
彼は、長崎の対馬出身で、若いころから苦労して小さいながらも会社を経営するまでに至りました。私とは、「力」でよく飲んだものです。
よく対馬のおじいちゃんの話をしてくれました。
「俺は、昔から相撲が大好きだった。ある日、山ん中に入っていった時、草むらから若者が出てきて、相撲を取ろうという。こいつが、めちゃくちゃ強く、負けてばかりいた。なんとかして、勝とうと思い、相撲をする前に礼をすることにした。わしが礼をすると、向こうも礼をする。すると相手の頭から水がこぼれよった。それで、相撲にようやく勝てたんよ。そう、相手は、河童だったのよ」
その彼と、路上で相撲を何度かしたことがあります。
私も相撲が得意ですので、彼には一度たりとも負けませんでした。
そのうち、彼が負けながら
「なぜか、涙が出てきます」
と言っていたのを思い出します。
私が泊まるときがない時には、彼の家にもとまらせてもらいました。
かわいい奥様と利発そうな男の子がいる幸せそうな家庭でした。
その彼が、いつものスーツ姿でなく、ジーンズにTシャツ姿です。
理由を聞くと
「会社をつぶしました。今、引っ越しをしているところです」
目を真っ赤にして、そう言います。
「今はとにかく、家族を大事にしろよ!ゆっくりするのも必要かもね、ガッツのあるおまえのことだから、これから先また頑張ればいいじゃない!そして、いつかまた一緒に飲もうよ!」
その日が、早く来ますように!私は天に祈るしかありません。
川原尚行