ガダーレフの村々
一昨年、巡回診療で行っていた村を尋ねてきました。
ここは、いろんな部族の集まった村でその多くはダルフールからの人たちです。
何百人という人が集まってくれました。
みな、私のこと、ロシナンテスのことを覚えてくれていました。
そして、
「霜田は?アラビア語を話すショーギ(しげちゃんのこと)は?かわいい女の人がいたね(ゆみさんのこと)!」
など、この村を訪れたみんなを覚えてくれていました。
ここは、水問題があります。周囲の村ではきれいな水が供給されているのに、地理的な問題か、この村だけは取り残されています。また、村人は、水問題の解決を陳情してきました。
ロシナンテスに財源があるわけではありません。
私は多くの村人の前で
「私は努力してみます。そして、みなさんも頑張って働いてください。そうすれば、天は我々に何かをしてくださるでしょう」
と述べるのみでした。
スーダンでは、よく人々から
「チャイナ!」といわれ、そのたびに「ヤパーニ(日本人)」と言い返していますが、
この村では、すべての人が
「ヤパーニ」と言ってくれました。
スーダンでは、なかなか日本の直接の貢献が目に見えません。
ただ、私に出来ることは、小さなことの積み重ねで、日本の信用をつなぎとめようと思います。
今日の夕方、スタッフのお父さんが具合が悪いので、お見舞いに行ってきました。
あまり状態はよくないのですが、家族の支えで、安心しているのでしょう。私にも笑顔を見せてくれました。
家の裏に、小高い丘がありました。子供たちと一緒にその丘に登り、夕陽を眺めました。
子供たちが、歌を歌っています。スーダンの数え歌のようです。
電気もないようなところですが、小さな幸福のある村のように感じました。
夕陽を眺めた後は、きれいな星空が広がり、私の心まで和ませてくれました。
とてもよい村でした。また、お父さんのお見舞いに行きましょう。
川原尚行