救急車の中で ~星降る夜のできごと~
先日、日本がサッカー・アジア杯で優勝をかざった、まさにその日の夜。
診療所に一人の男の子が懐中電灯をぶらさげて、やってきました。
「家で赤ちゃんが産まれそうだから、見に来てくれ。」
といいます。
ハサバラ村では、伝統的な習慣として、家でお産を迎え、できるだけ病院にはきたがりません。
村落助産師のバヒータと一緒に、真っ暗なハサバラ村を、その男のに先導され、家まで歩きました。真っ暗ななか、犬たちが吠えます。(もちろん繋がれていないから、走ってくるのではないかとヒヤヒヤです。)
それに加え、実は、初めての自宅出産の介助なのです。
近くに医師がいないため、なにかあった時のことを考えるとドキドキします。
お母さんはこれまでに3回分娩を経験しています。
子宮の入り口がほぼ開ききり、赤ちゃんがでてくるための準備は整えられつつあります。
今か今かと出産介助するための道具を消毒し、分娩の進行に備えます。
家の中には1つランプがあります。それが間接照明のような暗さで、なかなか味わい深い証明です。
時計が1時を過ぎ、そろそろ赤ちゃんがでてきてもいい頃。
しかし、大きな変化が見受けられず、睡魔が襲ってきます。
頭の片隅で、こんなことなら、昨日、ちゃんと早く寝ておけばよかったと、後悔します。
陣痛が弱く、なかなか赤ちゃんがでてきません。時計が3時をまわります。
眠い。くらい。遅い。
診療所に、今日は医師はいないため、陣痛促進剤が使えません。
お母さんの血圧も少しだけ下がっています。赤ちゃんの児心音も幾分か弱まっています。
3時半。
『搬送しよう。』村落助産師と、もう少しで状態が変わらなければ、ショアック病院(村から車で20分くらい)に行って、医師に陣痛促進剤をうってもらおう。これが二人で出した結論でした。
そこから家族と妊婦を説得します。
最初は、お金がないから行けない。サウジアラビアにいる旦那の許可をとらねばならない。
といいます。
「緊急的な問題なんです。」と思いながらも、私のアラビア語が伝わりません。
診療所で寝ているスタッフをおこし、救急車の手配と、家族の説得に駆り出します。
やっとの思いでいざ出発。
お母さんを救急車まで歩かせて連れて行く時、空を見上げると
いまにもこぼれおちそうな満天の星空でした。
なんだか、この赤ちゃんは大丈夫。というような気持ちがしました。
救急車で走ること15分、待っていた児の頭が下降してきました。
運転手に車を止めるよう伝え、道路脇に救急車寄せます。
それから5分も経たないうちに、赤ちゃんの泣き声が救急車の中に響き渡りました。
『マブル‐ッグ』(おめでとう)
赤ちゃんの泣き声と合唱され、救急車の中が、神妙な雰囲気から一転、とてもにぎやかになりました。
初めての自宅分娩と初めて救急車内分娩、どちらも貴重な体験となりました。
なにより赤ちゃん、お母さんが無事でいてくれたことに、感謝です。
それにしても、本当にキレイな星空でした。
辰野